会社を売った翌朝、社長は何をするのか
「会社を売ったら、しばらくゆっくりしたい」
M&Aの相談を受けていると、そんな話を聞くことがあります。
長い間、経営者として会社を背負ってきた人です。借入金の返済、個人保証、従業員の生活、取引先との関係、毎月の資金繰り。体調に不安を感じながら、経営を続けている人もいます。
だからこそ、
「楽になりたい」
「少し休みたい」
「身体が動くうちに誰かに渡したい」
というのは、とても自然な気持ちだと思います。
実際、会社を譲ったあとに、心からほっとした表情を見せる経営者もいます。
では、会社を売った翌朝から、その人の人生はどうなるのでしょうか。
会社を売った翌朝も、会社へ行く人がいる
「会社を売る」と聞くと、契約が終わった瞬間に仕事も終わり、翌日から自由になる姿を想像するかもしれません。
実際は、そうとは限りません。
M&Aのあとも一定期間会社に残り、引き継ぎを続けることがあります。取引先との関係をつなぐ。従業員との橋渡しをする。仕事のやり方を伝える。買手と一緒に次の経営体制をつくる。
私が関わった案件でも、譲渡後に売主がどのくらいの期間、どのような立場で関わるのかまで決めて進めたことがあります。
つまり、会社を売った翌朝も、昨日と同じ時間に起きて、昨日と同じ会社へ向かう人がいます。
同じ建物。同じ社員。同じ仕事。
それでも、昨日までとまったく同じではありません。「自分の会社」だった場所で、今度は次の経営者へ引き継ぐ側として働く。そんな時間が始まることもあります。
「売ってよかった」と、本当にほっとする人もいる
M&Aでは、どうしても「いくらで売れたか」が注目されます。もちろん、価格は大切です。
でも、私が見てきた経営者の満足感は、価格だけでは説明できません。
M&Aに伴って借入や経営者保証を整理でき、その重圧から離れてほっとした人。
体調に不安があり、「自分が動けるうちに渡すことができた」と安心した人。
毎日、自分が最終的な経営判断をし続ける生活から離れ、肩の荷を下ろした人。
もちろん、借入や経営者保証は、M&Aをすれば自動的にすべて解決するものではありません。案件ごとに金融機関や買手等との調整が必要です。
それでも、長年背負ってきたものを次の人へ渡すことができた。それ自体を「売ってよかった」と感じる経営者はいます。
M&Aの成功は、譲渡価格だけでは測れないのだと思います。
「その後は何をしますか」と聞くと、言葉に詰まる
会社のことについては、とても明確に話せる経営者がいます。
社員をどうしたい。取引先との関係を残したい。どんな相手なら任せられる。いつまで引き継ぎに協力する。
ところが、「会社を譲ったあと、ご自身は何をされたいですか」と聞くと、そこで初めて言葉に詰まることがあります。
考えてみれば、経営者は会社の計画を何度も作っています。売上計画。資金繰り。設備投資。採用。新規事業。
会社の5年後、10年後は考えてきた。でも、自分自身の5年後、10年後については、意外と考える機会がなかったのかもしれません。
半年たって、初めて出てくる気持ちもある
「とにかく少し休みたい」
その希望をかなえて、実際にゆっくり過ごす。旅行にも行く。時間に追われず生活する。それまで経営者として、なかなか持てなかった時間です。
ところが、半年ほどすると、喪失感を持つ人もいます。
会社を譲ったことを後悔している、という単純な話ではありません。売ってよかった。楽にもなった。それでも、どこか元気がなくなる。私は、そういう経営者も見てきました。
理由は人によって違うでしょう。
ただ、何十年も経営を続けてきた人にとって、会社は収入を得る場所だけではありません。毎日の生活。自分の役割。人とのつながり。自分が必要とされる場所。
そうしたものの一部も、会社と一緒に変わっていくのかもしれません。
逆に、会社を売ってから元気になる人もいる
もちろん、会社を譲ったあとに喪失感を持つ人ばかりではありません。逆に、以前より元気になる人もいます。
別の事業へ再投資する人。地域の活動を続ける人。これまで行けなかった場所へ旅行する人。新しいことを始める人。
本当にさまざまです。
だから、「会社を売った後はこう生きるべきだ」という正解はないのだと思います。
ゆっくりしてもいい。また仕事をしてもいい。地域のために動いてもいい。もう一度、何かに挑戦してもいい。
会社を譲った後の人生まで、M&Aの教科書どおりにする必要はありません。
ライフプランは「お金が足りるか」だけを見るものではない
私はFPとして、ライフプランシートを一緒に作ることもあります。
ライフプランというと、「老後のお金は足りるのか」を確認するものだと思われるかもしれません。もちろん、それも大切です。
会社を譲った後の収入。生活費。保有している資産。これから必要になるお金。数字にして、これからの人生を見ていきます。
でも、そこで「大丈夫そうですね」と分かったら、話は終わりではありません。
むしろ、そこからが面白い。
「だったら、これから何をしたいですか」
という話ができるようになります。
旅行に行く。地域のために時間を使う。新しい事業に投資する。家族との時間を増やす。
まだ何をするか決まっていなくても構いません。
「お金が足りるだろうか」という不安だけを考えていた状態から、「これなら、こんなこともできるかもしれない」という話に変わっていく。
ライフプランを一緒に作りながら、少しわくわくして、これからの話をする。
私は、FPにはそんな役割もあると思っています。
会社の次を決めたら、自分の次も描いてみる
会社を売ることで、解決できる問題があります。長く背負ってきた責任から離れられることもあります。そして、その先には新しい時間ができます。
一方で、その時間をどう使うのかまで、M&Aが決めてくれるわけではありません。
だからといって、会社を譲る前に、その後の人生を完璧に決めておく必要もないと思います。実際に離れてみなければ分からないこともあります。
ただ、会社の5年後、10年後を考えてきたように、自分自身の5年後、10年後について一度描いてみる。
「何を失うか」だけではなく、
「これから何ができるだろう」
と考えてみる。
会社を譲ることは、経営者人生の終わりではありません。次の時間の始まりでもあります。
会社の未来について考えるように、自分自身のこれからを考えたことはありますか。
