地域交通の価値は、「赤字」だけで決められるのか
先日、地域交通に関わる会社の経営者と話す機会がありました。
地域で交通を続けていく難しさについて話を聞くうちに、少し気になって、広島の地域交通について調べてみました。
そこで目に留まった数字があります。
芸備線の東城―備後落合間。2024年度の平均通過人員は、1日19人。
平均通過人員は路線の利用状況を示す指標なので、単純に「1日に19人しか乗っていない」という意味ではありません。
それでも、
19人。
この数字を見れば、「そこまで利用が少ないなら、維持するのは難しいのではないか」と思うのも自然だと思います。
私も、赤字や利用者数を無視して「地域の鉄道だから残せばいい」とは思いません。
ただ、仕事柄ひとつ引っかかりました。
なくしたら、その赤字は本当になくなるのでしょうか。
19人という数字は、やはり重い
地域交通には公共的な役割がある。だから赤字でも関係ない。
そこまで単純な話ではないと思います。
利用する人が減り、赤字が続けば、「このまま維持していいのか」という議論が出るのは当然です。
会社でも、赤字が続く事業があれば、続けるのか、やめるのかを考えます。
だから、赤字を見ること自体は間違っていない。
ただ、会社経営ではもう一つ考えます。
その事業をやめたら、本当にその赤字額だけ会社が良くなるのか。
やめたら、その赤字は全部消えるのか
赤字事業をやめても、残る費用があります。
その事業がなくなることで、別の売上に影響することもあります。
今までその事業が担っていた役割を、別の方法で補わなければならないこともあります。
地域交通も、少し似ているのではないかと思いました。
鉄道をなくしても、人の移動そのものがなくなるわけではありません。
学校へ行く。病院へ行く。買い物へ行く。
車を運転できない人もいます。
鉄道をやめるなら、その移動を別の方法でどう支えるのかを考える必要があります。
そうすると、
鉄道の赤字がなくなることと、地域全体の負担が同じだけ減ることは、同じではないのかもしれない。
そんなふうに見えてきます。
では、バスに替えれば解決するのか
鉄道が難しいなら、バスに替える。
分かりやすい選択肢です。
実際、現在の芸備線沿線では、鉄道だけでなくバスも実際に走らせながら、どんな交通手段が地域に合うのかを確かめる取り組みが行われています。
ただ、バスにも人手不足という問題があります。
走らせたくても、運転する人がいなければ続きません。
人口が減る地域では、交通を使う人だけでなく、交通を支える人も減っていく。
そうなると、「鉄道は赤字だからバスへ」とも簡単には言えません。
今いちばん安いものではなく、
10年後にも続けられる方法なのか。
そこまで考える必要がありそうです。
守りたいのは、鉄道なのか。移動なのか
調べる前より、少し分からなくなりました。
芸備線を残すべきなのか。別の交通手段に変えるべきなのか。
私は、その答えを持っているわけではありません。
むしろ調べてみると、どちらかを簡単に選べる話ではないことが分かってきました。
では、そもそも何を残したいのでしょうか。
鉄道なのか。バスなのか。
それとも、
地域で暮らす人が、必要なときに移動できることなのか。
鉄道を残すことと、地域の移動を残すことは、同じではありません。
赤字をなくすことと、地域の負担をなくすことも、同じではありません。
地域交通に関わる経営者との話から何となく気になって調べ始めただけでしたが、思っていたよりずっと難しい問題でした。
そして今のところ、私に残っているのは答えより、この問いです。
地域交通の価値は、「赤字」だけで決められるのでしょうか。
